『崩壊世界の魔法杖職人1』(1巻)感想・レビュー
電気が消えた世界を器用さだけで渡る男

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★★★★★★★★★★4.5 / 5
『崩壊世界の魔法杖職人1』(1巻)黒留ハガネ(著)/かやはら(イラスト)/KADOKAWA・KADOKAWA新文芸 の書影

水も電気も止まっているのに、庭に落ちた石を削ることばかり考えている主人公。その温度差こそが、この巻のいちばんの読みどころでした。黒留ハガネさんによるKADOKAWAの新文芸(イラスト:かやはらさん/2025年刊行)で、「小説家になろう」発のローファンタジーです。世界の崩壊を大事件としてではなく、手元の作業の合間に置かれた背景として描いていくので、読み味は派手さより手触りに寄っています。

総合評価 ★4.5|電気を失った世界で、手先の器用さだけを頼りに魔法杖を作りはじめる第1巻です。削って、試して、また削るという工作の手つきをそのまま追える面白さが最大の魅力で、世界の物騒さが端々から漏れてくる構成も効いています。物語が主人公を中心に大きく動くタイプではないので、勢いのある冒険譚を求めると印象が変わります。

目次

『崩壊世界の魔法杖職人1』はどんな作品?

ある日、地球に魔法の隕石群が降り注ぎ、世界からすべての電気が失われます。電気に支えられていた社会はたちまち立ち行かなくなり、人類は代わりに魔法を手にすることになりました。器用さだけで生きてきた大利賢師は、その混乱を横目に、奥多摩の自宅で隕石のひとつを削り、魔法の杖を組み上げます。電子機器が使えなくなった世界では、精密機械並みの工作ができる手先そのものが力になる。人間不信の魔女がいれば器用さで心を開き、命懸けの研究をするオコジョがいれば器用さで助け、ガラクタさえ杖に変えてしまう。英雄譚ではなく、コミュ障の青年が魔法杖職人として世界を揺らしていく記録として始まる物語です。

発売日や著者などの作品データを先に確認したい方は、崩壊世界の魔法杖職人1からどうぞ。

向いている人

ものづくりの工程そのものを読みたい人

この作品の中心にあるのは、素材を観察し、削り、試し、結果から次の一手を決めるという地道な繰り返しです。完成品の強さより、そこへ至る手順が丁寧に書かれているので、作業を眺めているだけで満足できる人ほど相性がよくなります。

文明が止まったあとの生活を細かく追いたい人

電気が消え、水道が止まり、買い物という手段が失われていく過程が順を追って描かれます。食料をどう確保し、保存し、次の季節へつなぐのかという生活の側から崩壊後の世界を見せてくるので、サバイバルものとしても読み応えがあります。

人付き合いが苦手な主人公に肩入れできる人

大利は人と顔を合わせることそのものに強い負荷を感じる人物で、その性質は世界が変わっても揺らぎません。無理に社交的にならないまま他人と関わる方法を探していくので、その距離の取り方に頷ける人なら、ずっと居心地よく読めます。

世界の全容が見えないまま進む話が好きな人

なぜ隕石が降ったのか、魔法とは何なのかといった前提は、1巻の時点でほとんど明かされません。分からないものを分からないまま抱えて進む感覚が心地よく感じられるかどうかが、そのまま評価を左右します。

合わないかもしれない人

主人公が前へ出て世界を動かす話を求める人

大利は基本的に引きこもったまま、頼まれたものを作る側に立ち続けます。作ったものの影響は大きいのですが、本人が旗を振って状況を引っ張るわけではないので、能動的な主人公を期待すると物足りなさが残ります。

ラブコメ的な進展を期待する人

主人公と魔女の関係は物語の軸のひとつですが、この巻の時点では恋愛の気配へ寄っていく素振りがありません。距離が縮む過程を眺める楽しさはあるものの、その先を期待して読むと肩透かしになります。

危機に対する緊張感の高さを求める人

序盤の主人公は、世界が壊れていることにさえなかなか気づきません。読者だけが先に事態を察している状態がしばらく続くため、危機を危機として描き切る緊迫感を求めると、テンポが緩く感じられるはずです。

感想・見どころ

※本記事は作品内容に軽く触れています。未読の方はご注意ください。

まず引き込まれたのは、世界の終わりに対する主人公の温度の低さでした。電気が来なくなっても、水が出なくなっても、行政がなんとかするだろうと考えて待ち続け、その間ずっと隕石から削り出した石をいじっている。読者にはとっくに事態が伝わっているのに本人だけが気づいていない、というずれが最初の何十ページかを引っ張ります。頭が悪いわけではなく、外の情報を取りに行くという発想そのものが選択肢に入らない人物なのだと分かってくると、この距離感が急に納得のいくものになりました。

その性質が最も効いてくるのが、工作の場面です。石の性質を確かめ、形を変え、出力の違いを比べ、思い通りにならなければ構造を組み直す。魔法の理屈が説明されるのではなく、手を動かした結果から少しずつ分かっていく書き方なので、読んでいる側も一緒に手探りしている気分になります。派手な必殺技よりも、うまくいった瞬間の手応えのほうが強く残る作品でした。

その一方で、外の世界の物騒さは早い段階から少しずつ漏れてきます。魔法を使える者が限られていること、力を得た人間が何をしているのか、街から人が消えた理由。どれも正面から説明されるわけではなく、会話や風景の端に置かれるだけなのですが、それだけに主人公の日常との落差が際立ちます。のんびりした自給自足の話を読んでいたはずなのに、ふとした拍子に足元が抜けるような感触があって、そこが一番怖いところでした。

この落差は、主人公が自分の作ったものをどう見ているかにも表れます。周囲がその杖を兵器として扱っているのに、本人はあくまで道具は道具であり、悪いのは使う人間だという立場を崩しません。作り手としては一貫しているのですが、読んでいるとかなり危うい。この認識の差がどこで問題になるのかが、そのまま続きへの引きになっています。

そのうえで、人付き合いの描き方も好みでした。喋らない、近寄らない、顔を見せないという要求をそのまま口に出してしまう主人公と、それを受け入れたうえで関わり方を探す相手。歩み寄りが感情ではなく手順として組み立てられていくので、コミュ障という設定が単なる記号で終わっていません。この関係がどう変化していくのかは気になりますが、恋愛方向へ振れる気配は今のところ薄いので、そこは期待せずに眺めているところです。

気になっているのは、この先どこまで世界が広がるのかという点です。1巻で見えるのは東京の一部だけで、海外がどうなっているのかも、そもそもなぜこうなったのかも分かりません。分からないままでも十分面白いのですが、その情報が入ってくるとしたらどんな形なのか、続きが楽しみでしょうがない一冊でした。

まとめ

1巻は、世界が壊れたことにも気づかないまま石を削っていた男が、その手先の器用さゆえに外の世界へ引っ張り出されていく導入の巻でした。中でも、魔法の理屈を手を動かしながら掴んでいく工作の描写と、のどかな自給自足の裏で世界が確実に物騒になっている落差が魅力です。ものづくりの過程そのものを楽しめる人、崩壊後の生活を細かく追いたい人に向いています。前提がほとんど明かされないまま終わるぶん、次巻でどこまで見晴らしがよくなるのかを確かめたくなる読後感でした。

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