『崩壊世界の魔法杖職人3』(3巻)感想・ネタバレ解説
外から来た技術が新しい杖に変わる

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★★★★★★★★★★4.5 / 5

奥多摩から一歩も出ない男の工房へ、今度は外のほうから人と技術が流れ込んできます。前の2冊が「作ったものが外へ広がっていく」話だったとすれば、この3巻は逆向きに、遠い土地の知恵が机の上まで運ばれてくる巻でした。黒留ハガネさんによるKADOKAWAの新文芸(イラスト:かやはらさん/2026年刊行)で、「小説家になろう」発のローファンタジー第3巻です。しかも動きはじめたのは技術だけではありません。ある魔女の突飛な行いが、誰も望んでいない置き土産まで残していきます。

総合評価 ★4.5|北海道と東北から届いた知恵が、そのまま新しい杖や道具に化けていく三冊目です。同じ災害を受けた土地でも、生き延び方の違いがそのまま技術の違いになっているのが読みどころで、交流が生んだ想定外の置き土産に振り回される後半も含めて賑やかでした。今回も主人公が旗を振って事態を動かすタイプではないので、そこは前巻までと同じ温度で読むことになります。

目次

『崩壊世界の魔法杖職人3』はどんな作品?

電気を奪う隕石によって文明が止まった日本で、人付き合いを避けたまま魔法杖を作り続ける大利賢師の物語です。3巻の東京は、流行病で受けた打撃から立て直すために、北海道と東北のコミュニティとの行き来を本格的に再開します。東京からは魔術師が送り出され、北海道からは魔獣を扱う者が、東北からは狩人がやってくる。人と物が動きはじめたことで、傷跡ばかりだった街に少しずつ活気が戻っていきます。工房に籠もったままの職人もその刺激を受け、次々と新しい杖を形にして周囲を驚かせていく。ただし良いことばかりではありません。ある魔女の突飛な行いが、とんでもないものを生み出してしまいます。

発売日や著者などの作品データを先に確認したい方は、崩壊世界の魔法杖職人3からどうぞ。

向いている人

土地ごとに違う生き延び方を知りたい人

この巻でいちばん厚みがあるのは、東京の外にもちゃんと別の社会があると分かる部分です。何を持っていた人たちが生き残ったかによって、その土地で伸びた技術の方向がまったく違う。崩壊後の日本を東京の一点だけで見ていた読者にとっては、地図が一気に広がる感覚があります。

よそから来た技術が自分の道具に化ける流れを追いたい人

持ち込まれた技法は説明されて終わりではなく、工房の作業台まで運ばれてきます。それまで使い道がなかったものが材料に変わり、道具の幅がそのぶん広がっていく。自前の実験を積み上げてきた前巻までとは逆に、外から材料が投げ込まれる形なので、発想の飛び方が読んでいて気持ちいいです。

主人公が周りからどう見られているかを知りたい人

本人は工房から出ないのに、名前と作品だけが遠くまで届いています。今回は東京の外の人物や裏の世界の人間の視点が挟まるので、この職人がどんな存在として語られているのかがはっきり見えてきます。自己評価と外からの評価の落差そのものが、この作品の面白さのひとつです。

生き物の世話が増えていく賑やかさが好きな人

交流によって北海道からは飼い慣らされた魔獣が届き、工房まわりは一気に手のかかる状態になります。工作と自給自足だけだった生活に世話の手間が加わることで、日常パートの温度が前巻までより明らかに上がりました。

合わないかもしれない人

主人公が前に出て事態を動かす話を求める人

この巻でも大利は、頼まれたものを作る側から動きません。作ったものが遠くの土地の命運を左右する場面まで来ているのに、本人は最後まで机の前にいます。能動的に状況を切り開く主人公を期待していると、そこは今回も肩透かしです。

下ネタ寄りの悪ノリが苦手な人

この巻には、ある魔女の突飛な行いをめぐる、かなり下世話な悪ノリの場面があります。笑って流せる人はいいのですが、そういう方向の冗談が苦手だと、そこで一気に読む気が削がれる可能性があります。

主人公の視点だけで最後まで読みたい人

今回も主人公以外の視点で進む章がいくつも挟まります。世界を広げてくれる代わりに、工房の話を続けて読みたい気持ちは何度か途切れるので、一人の主人公にずっと寄り添っていたい人にはテンポが合いにくいかもしれません。

感想・見どころ

※本記事は作品内容に軽く触れています。未読の方はご注意ください。

読み終えていちばん面白かったのは、他のコミュニティが東京とどう関わるのかという部分でした。同じ災害を受けたはずなのに、東北は狩りと獲物の扱いを突き詰める方向へ、北海道は生き物を手なずける方向へ技術が伸びている。崩壊後の世界にどう適応するかには人柄が出るという趣旨のことが作中で語られるのですが、それが土地単位でも当てはまっているのが良かったです。

その違いは説明で終わらず、ちゃんと主人公の手元まで降りてきます。よその流儀で処理された素材が工房に運び込まれ、これまで捨てるしかなかったものが道具の材料に変わっていく。自分の中で閉じた実験を積み上げていた前巻までと違い、外から新しい材料が投げ込まれてくる形なので、次に何が作られるのかを予想しながら読めるのも楽しいところでした。

一方で、その東北のやり方は読んでいてなかなかきついものがあります。守れないものは最初から守らないと決めて運営してきた集団で、その判断を身内にも適用してきた過去が語られる。全体で見れば合理的なのだろうと思う反面、当事者からすれば死刑宣告に等しいわけで、素直には飲み込めません。東京は東京で甘いのですが、あちらにはとんでもない悪人もいたので、どちらがマシとも言いにくいのが面白いところです。

この重さを中和してくれるのが、主人公が外からどう見えているのかを描いた章です。会ったこともない職人の仕事を目にしただけで腰を抜かし、人間ではないものが作ったのだと言い出す人まで出てきます。裏の世界の人物の視点で進む章もあり、読み進めるうちに、その人物に対する自分の見方のほうがひっくり返っていきました。悪党だと思っていた相手の別の顔が見えてくる展開は、素直に良かったです。

そのうえで、この巻でどうしても触れたくなるのは、ある魔女の突飛な行いをめぐるくだりです。事情を知ってしまうと、真面目で可愛らしいと思っていた人物の見え方が完全に変わります。バカバカしいのに酷いという珍しい種類の場面で、主人公がそれを言い表すために使う言葉も含めて笑ってしまいました。何が起きたのかは未読の方のために伏せますが、この一件がなければ後半の展開そのものが成立しないので、悪ノリで済ませられない位置にあるのがまた困ります。

そんな騒ぎの一方で、終盤は職人としての仕事が着実に積み上がっていきます。遠い土地からの依頼に応え、魔女や魔法使いにしか扱えなかった領域にまで手を伸ばし、今まで誰も測れなかったものを測る道具まで作ってしまう。相変わらず動機は自分本位で、世界を救おうという気持ちなど微塵もないのに、結果として世の中の仕組みのほうが書き換わっていく。この構図が続いているうちは、まだまだ読み続けたくなりそうです。

まとめ

3巻は、東京の外にあった技術と人が工房まで届き、そのぶん世界の見取り図が一気に広がる巻でした。土地ごとに違う生き延び方がそのまま技術の違いになっている構成と、交流の副産物として持ち込まれてしまった騒ぎの落差が魅力です。崩壊後の社会が立ち直っていく過程を生活の側から追いたい人、変わり者だらけの魔女たちを面白がれる人に向いています。読み終えると、まだ関わってこない土地のことまで気になってくる一冊でした。

🔒 ネタバレあらすじを開く(クリックで表示)

序盤は東北から来る客人への売り込みの準備から始まります。写真も載せられない商品カタログでは話にならないため、大利は試供品として量産型の杖と、魔法の系統ごとに反動の軽さを振り分けた新しい杖を仕上げ、青の魔女が会合の場へ運びます。

東北側からは、魔物の肉を食べられるようにする漬け込みの技法と、通り抜けたものの時間を重くする道具が持ち込まれます。その道具に希望を見つけた魔女の一人が、寿命が尽きる前に自分を封じてほしいと大利へ頼み込みます。

封印用の杖は三日で完成し、依頼主の姓から銘が付けられました。礼として彼女が持っていた工場の権利が譲られ、その杖は封印装置としてだけでなく、血縁者が使うと焔の魔法を後押しするという予想外の性質まで備えていました。

別の章では、杉並区で闇取引を仕切る女首領の視点から、この職人が関係者の間でどう呼ばれ、どれほど恐れられているかが語られます。盗品として持ち込まれた一本を巡る顛末で、彼女なりの筋の通し方も見えてきます。

東北から伝わった素材の処理法によって、魔物の亡骸も杖の材料として使えるようになります。生産の止まった樹脂の代わりになりそうな素材にも当てがつき、工房でできることの幅が広がっていきます。

一方、封印される前に彼女が残していったものが納屋で見つかります。青の魔女はその場で始末しようとしますが、経緯を知っている大利は止めに入り、北海道から届いた馴致の手順に従って手元で育てる道を選びました。以降は世話に振り回される日々が続き、北海道からは運搬・防寒・拠点防衛に役立つ魔獣も送られてきます。

後半は依頼の巻です。東北と東京の間の道を塞ぐ巨大な魔物を討つため、大利は銃の形をした杖と封印の弾を作ります。討伐そのものは成し遂げられますが、その決着は力を隠したまま監視塔で暮らしていた男の視点から語られ、彼は自分の秘密を明かさないまま日常へ戻っていきます。

終盤には、魔法の詠唱文が何か一つの大きな文章の断片ではないかという仮説、新しい通貨の金型づくり、人には出せない音を楽器で代わりに鳴らす試み、そして魔力の量を測る道具の完成が並びます。番外編と小冊子、電子書籍特典では脇の人物や設定が補われ、次の土地との関わりを残して巻は閉じます。

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前巻はこちら:崩壊世界の魔法杖職人2


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