向いている人
勘違いが金額や噂を動かす話が読みたい人
これまでの巻では、主人公の適当な一言が人の配置や作戦を動かしていました。この巻でそれが向かう先は値段です。何気ない振る舞いが「あの男が本気で欲しがっている」という解釈に変換され、目当ての品の相場だけが勝手に吊り上がっていきます。戦闘力の話ではない勘違いの転がり方を楽しみたい人に向いています。
外から来た強者との噛み合わなさを読みたい人
他国で竜を討った実績を持つハンターが帝都にやってきて、在来の面々と摩擦を起こします。面白いのは、この人物が主人公の実力をかなり正確に見抜いていることです。読者と同じ結論に辿り着いた人間が現れたのに、その正しさがどこにも通らない。この構図はこの巻ならではの妙味でした。
振り回される側の脇役が好きな人
探索者協会の受付、口は悪いが面倒見のいい鑑定士、胃を痛めながら実務を回す副クランマスターと、今回は主人公の周囲で苦労する人たちの見せ場が多めです。新しく出てくる顔ぶれもそれぞれに事情を抱えていて、彼らの側から見た《千変万化》像がまた別の可笑しさを生んでいます。
世界の仕組みをあれこれ考えるのが好きな人
宝物殿がどうして生まれるのか、マナ・マテリアルを浴びると人の何が伸びるのか。この巻でも世界の理屈に関する断片が要所で挟まれます。作中で全部説明されるわけではないので、読みながら想像を広げる余地が大きいのはこのシリーズの美点です。
合わないかもしれない人
主人公の身勝手さがストレスになる人
この巻の主人公は、確認を怠り、他人の都合を考えず、身内の懐まであてにします。悪意がないぶんタチが悪いとも言えて、あとがきでも駄目さを増量したと書かれているほどです。周囲が愛想を尽かさないのが不思議になる場面が続くので、そこを笑えるかどうかで印象が変わります。
新しく出てきた面々に肩入れしたい人
今回は新顔のパーティがいくつも登場しますが、出てきたばかりということもあって掘り下げは控えめです。しかも初登場時の振る舞いで印象を落とす側に回る人たちもいるため、応援したい気持ちが育つ前に話が進んでしまうもったいなさはありました。
主人公自身が実力で解決する展開を求める人
クライは3巻でも自分の力で状況をひっくり返す立場にはいません。運と勘違いと周囲の暴走で事態が転がっていくのがこの作品の形なので、主人公の無双を期待すると方向性が違うと感じるはずです。
感想・見どころ
※本記事は作品内容に軽く触れています。未読の方はご注意ください。
3巻でまず笑ってしまったのは、話の起点が世界の危機ではなく借金だったことです。十桁という数字が本人の口から出てきた時点で、もう返す当てなどないだろうと突っ込みたくなります。それでも一度は反省するのですが、直後に欲しい宝具が競売に出ると知って決意が消し飛ぶ。この落差がこの巻の背骨になっています。
その落差を大きくしているのが、金策に走るほど話がこじれていく構造です。頼んでは断られるという地味なやり取りが、外から見ると「あの男がそこまでして欲しがる品がある」という物語に変換されてしまう。本人の財布は空のままなのに、噂だけが先に走って値段を持ち上げていくので、勘違いの矛先がこれまでとまったく違う方向へ向いているのが新鮮でした。
この流れの中で存在感を放つのが、他国から来た竜殺しです。彼は主人公を持ち上げず、実力を冷静に低く見積もります。読んでいる側からすればその見立てはまったく正しいのに、周囲の評価が高すぎるせいでどこにも届かない。正論を言う人間が一番割を食う構図になっていて、悪役にも味方にも寄り切らない立ち位置が面白かったです。
その点で、今回は振り回される側の描写が厚いのも良かったところです。協会の受付として主人公に憧れを抱く人物、口は悪いのに筋を通す鑑定士、無茶な相談を持ち込まれるたびに頭を抱える副クランマスターと、まともな人ほど苦労する。彼らの反応があるおかげで、主人公のずれ方がどれくらい非常識なのかがはっきり伝わってきます。
一方で、その主人公の駄目さは今回かなり突き抜けています。人に無理を通させ、身内の蓄えまで勘定に入れ、しかも本人はそれを悪いことだと思っていない。あとがきで作者自身が駄目さを増量したと書いているとおりで、笑えると同時に、よく見捨てられないなと感心してしまう水準でした。悪気のなさが免罪符になっているうちが花だと思います。
そのうえで、世界設定の断片が挟まる楽しさは相変わらずです。宝物殿がどう生まれるのか、マナ・マテリアルで伸びるのは身体能力だけなのか、運のようなものまで含まれるのか。作中で明快に答えが出るわけではないので、読みながら勝手に考えを巡らせる時間が生まれます。物語の外側にある理屈を眺めているだけでも面白いのは、このシリーズのいいところです。
巻末には次の騒動を予告する短い挿話と、軽い外伝が置かれています。外伝は長年続いてきたある癖の由来を明かす話で、本編とは温度がまるで違います。読み終えたあとに小さく笑って本を閉じられる配置は、2巻と同じく好みでした。
まとめ
『嘆きの亡霊は引退したい』3巻は、借金と競売という生活感のある問題に勘違いが乗った一冊です。戦って勝つ話ではなく、噂と金額が本人の手を離れて膨らんでいく可笑しさが中心で、そこへ外から来た竜殺しや新しい面々が加わって世界が横へ広がっていきます。
主人公の身勝手さが受け付けないと厳しい巻ではありますが、まともな人ほど振り回される構図を楽しめる人にはよく刺さるはずです。最後に手元へ残ったものの価値を本人だけが分かっていないという締め方も含めて、次の騒動が読みたくなる第3巻でした。
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3巻は、前巻の事件の後始末を話し合う席から始まります。主人公は中身も確かめないまま押収品の引き取りを請け合い、忠告もそのまま聞き流します。同じ頃、他国で竜を討った英雄が帝都に入り、支部長がそれを妙に嬉しそうに迎えていました。
帰還祝いの席が乱闘で酒場ごと半壊し、外から来た一団は名も知らない相手に一方的に叩きのめされます。報復に動くほど格下扱いされ、矛先はやがて《千変万化》へ移るのですが、傘下のパーティを順に訪ねても誰ひとり戦う気がありません。怒りの持って行き場が消えていく過程が、この巻の裏側でずっと続きます。
表側で明かされるのが十桁の借金です。控えると決めた直後に競売の目玉が目に留まり、金策に走るほど「あの男が欲しがっている」という噂だけが広がって、値は手の届かない領域へ上がっていきます。買い手には貴族の令嬢まで加わり、勝負は完全に資金力の話に変わっていきます。
迎えた競売の当日、主人公は目当ての品ではないものへ全額を注ぎ込むことになります。何を優先したのかは読んでのお楽しみですが、その選択は、譲られた側にも競り落とせなかった側にも、それぞれ違う重さで残ります。屋敷へ持ち帰られた品はやがて自分から動き出し、事態は屋敷ひとつでは収まらないところまで転がっていきます。
そして最後に手元へ来た宝具の値打ちを、当の本人だけが分かっていません。正体を知る者が既に何人もいる状態のまま、いつもどおり運任せで幕が下ります。巻末には次の厄介事を告げる短い挿話と、長く続いてきた癖の由来を明かす外伝が置かれ、そのまま次巻へ渡されます。
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